110号　2024年　夏号の詩

 忘れたいからパスワード

パスワードに
好きなものを設定すると
どれだったか忘れてしまうので
忘れたくても忘れられない
嫌な人の名前を設定した

おまえなんて大嫌いだと
キーボードで打ちのめす
いじめたあいつ
こまった変人
そしてあの人

嫌な人が大事なパスワードって
悪趣味だなと最初は後悔したが
毎日打ちのめしているうちに
角が削り取れてきたのか
心に引っ掛からなくなってきて
ただのパスワードになった

あの人達は
忘れられないパスワードで
わたしの心をロックしたけれど
パスワードにはパスワードで
闘えばよかったのだ
最後に別のパスワードに変更で
心のロックを解除する

 クソみたいなウンチク

ウンチの実態は
食べ物の残りカスではなくて
細胞の死骸なのだと聞いたので
私は脳細胞の死骸だと思った

なぜならトイレに籠って
本を読んで粘ると便が出るので
やはり脳細胞の代謝が進んでいないから
便秘ぎみなんだと思った

便秘解消には勉学あるのみと
決意してトイレを出たが
ウンチしたばかりだからいいかと
テレビの前に寝そべる

ウトウトしていたら
情報番組でウンチを取り上げていた
最初は聞き逃したが
腸壁細胞と細菌類での死骸で35％
残りを水分が60％を占め
消化したものはたった５％だと知る

ウンチは脳細胞の死骸ではなかったが
私の中で死んでしまうものがあるのは事実だ
命を食べているだけでも申し訳ないのに
更に犠牲を強いているなら
ちゃんと生きようと正座したら
テレビコマーシャルに変わって新製品に釘付け
なんで正座したのかわからなくなった

 ミニカ３６０

新潟県三条市にある
自動車博物館を訪ねたのは
展示車両に乗り込むことができるから

昭和の自動車に囲まれた僕は
小学生にタイムスリップした
これは横田先生の日産バイオレットだ
二瓶先生のブルーバードもある
運転席には座ったことがないから
いけないことをしている気持ちで乗り込むと
か細いハンドルと厳かなメーターパネルが
あの時代の精一杯を物語る
そして手鏡ふたつのフェンダーミラー
鏡が遠くて後ろが良く見えない
小さい僕らがついて来ているかどうか
この運転席から先生は見えていたのだろうか

そして猪俣先生の
三菱ミニカ３６０
宇宙船の形をした軽自動車で
乗り込むドアが前から開く
スカートを履いた先生が
お尻から乗り込むのがおもしろかった
ミニスカートではなかったが

猪俣先生は
フランクな人ではなかったのに
児童からとても慕われるので
親同士が宇宙人のようだと話していた
ミニカに乗せてとお願いしても
これには人を乗せられないのと断られた僕は
宇宙船にお尻から乗り込み
校門から飛び立つミニカを見送った

その宇宙船にお尻から乗り込む
洋式トイレに座る感覚で意外にも収まりが良い
足元はとても狭いが人が乗れない訳ではない
人は連れていけないということだったのだ
このコックピットで僕は確信した
やはり猪俣先生は宇宙から通っていたのだ
宇宙と行き来するには
ロケットも開発しているメーカーの
軽自動車でなければならなかったのだ

 パーキンソンの法則という病

私だけの悩みではないと知り
とても安堵したことを覚えている
時間ギリギリまで寝ているが遅刻はしない
期限ギリギリまでかかるが仕事は終わらせる
残額ギリギリで給料日に辿り着く
ペダルの壊れた自転車のような私は
変な病気なんだと思っていた

そんな時に父親が
パーキンソン病になってしまった
右手が震えて箸が持てなくなったので
左手で持とうと頑張っている姿に
私にできることはないかと
スマホで検索していたら
同じ名前で違う学者が唱えた
パーキンソンの法則を知った

第一の法則は
「作業時間は使える時間一杯まで膨張する」
第二の法則は
「支出額は収入額に達するまで膨張する」
大きめの鞄を買ったはずなのに
いつも鞄はパンパンになっている
残業が増えて買い物に行く時間がないのに
通販で買い物をして金欠という事例は
まさに私そのものだった

私の悩みは法則になるくらい
現代人に流行している病だったのだ
流行の先端を行っているのだから
ギリギリまで目一杯で突っ走れるさ
震えた指先で父親が教えてくれた

 スマホピストル

有名人の指殺人
スマホで人が死んでいく
ＳＮＳで攻め続け
強迫・誹謗中傷と
殺害予告で追い詰める
握ったスマホはピストルだ
誰かを撃ち抜くことになる

侵攻されたウクライナ
スマホで人が死んでいく
侵入してきた敵兵の
動きや仕業を撮影し
ＳＮＳでの拡散は
市民であっても戦闘員
向けたスマホはピストルだ
市民が撃たれることになる

クルマは凶器と知りながら
ながら運転悪びれず
スマホで人が死んでいく
運転上手いしヒマだから
スマホを触って走ってる
片手のスマホはピストルだ
自分を撃ち抜くことになる

 カタツムリライフ

カタツムリは
持ち家で生活に困らない
歩みは遅いが滑らない
どんな場所でも前向きに進み
トラブルは殻に入ってしのぐ
食べ物は草木の表皮だから無限
殻の維持に必要な炭酸カルシウムも
街のコンクリートを舐めて賄える

際立つ個性が支持されている
陸に住むのに貝である
ジェンダーレスで
男であり女でもある
殻を持ったナメクジなのに
忌み嫌われない

ナメクジはあえて
殻を退化させるという進化で
社会の隙間に入り込み
世渡りが上手くなったが
塩をまかれるほど
人に嫌われてしまった

仕事で辛酸を舐める度に僕は
自分の殻にひびが入るのがわかる
人は殻を割って捨てる覚悟がないと
持ち家ライフを手に入れられないらしい

理想形のカタツムリライフ
進化形のナメクジライフ
僕はどちらを選ぶべきなのか