102号　2022年　夏号の詩

 焼き鳥網

一人キャンプで火を起こし
網で焼き鳥をする

網目が語りかける

民族という縦割りがあり
男女という横割りがある
能力という密度があって
貧富という奥行がある

目を離すと
焼き鳥は網に縛られて
動けなくなる

俺もお前も寂しがり

 ロックンロールよ効いてくれ

娘に渡すものがあって
部屋のドアが開いたら歌が流れていた
「リッケンバッカーが響く
　リッケンバッカーも泣く
　おんがくも人をころす」

「これ、ギターの歌なの？」と聞いたら
リーガルリリーの『リッケンバッカー』だよと言った
「リッケンバッカーってビートルズのギターで」
と言ったら、わかってるとドアを閉められた

歌詞が耳に残っているうちにスマホで検索
娘と同年代のガールズバンドの演奏を聴くと
「きみはおんがくを中途半端にやめた」で始まった

娘は小学生のときに
ピアノを習って音楽に殺された
才能があると見込まれて
ビアノ教師に詰め込まれ
楽しく弾けなくなり辞めた
それ以来ピアノには触れていない

娘は中学生のときに
吹奏楽部で音楽にまた殺された
部活の顧問に競わされて
楽器は武器ではないと辞めた
それ以来、音楽の話はしなくなったが
ロックンロールを聴いていたのだ

私も就職すると
音楽で生きる夢は立ち消えて
ギターを中途半端にやめた
五十歳を過ぎて指に痺れを感じた時
怖くなってまたギターをはじめた
音楽は治療薬にもなるのだ

リビングで一杯飲みながら
中古で買ったエピフォンカジノを弾く
アンプに繋げない生音で
『リッケンバッカー』のコードを追ってみる
「ニセモノのロックンロールさ
　ぼくだけのロックンロールさ」で歌は終わる
まねごとの傷跡が治療薬で痒くなるから
ギターをかきむしるように弾いてしまう

キッチンのカミさんがウルサイと怒る
娘もキッチンに立ち寄るとカミさんに
チューニングが微妙と笑いながら言う
ふん、ほっといてくれ
「ぼくだけのロックンロールさ」

 眠るタイムトラベラー

私は未来に行くことができる
電車に乗って一時間寝て起きたら
一時間後の世界に
瞬間移動したことになる

私は過去にも行くことができる
特急なら東京には一時間早く着く
在来線で着く一時間前の東京を歩ける

二つを組み合わせると
時空の移動が可能になる
通路を挟んだ隣のおじさんも
タイムトラベラーだ
ビールを一本飲んで眠りはじめた

 明日に架けるスジ

「課長、これ以上はもう」
「いや、スジを通せ
　ここで曲げたらお前の口元は
　ずっと曲がったままだぞ」

「でも、リスクが高いと思います」
「明日に架けるスジだ
　明日に向かってスジれ！
　世界の中心でスジを叫ぶんだ！」

「精神論ですか
　それで突破できますかね」
「スジを差し込んで引き抜いてみろ
　小さいが、穴が空くだろう
　それが突破のひとつだ
　いくぞ」

 ソノシート

「部長、なんですか、ソノシートって？」
「あぁ、知らないかな」
「あっ、スマホで検索します
　あぁ、レコードじゃないですか」
「まぁ、レコードだけど
　レコードじゃないんだよね
　今で言う雑誌の付録のＣＤみたいなものでね
　ほら、レコードってちょと厚みがあるだろう
　それが厚みのない紙一枚のようなものでね
　堅いレコードの上に乗せてかけるんだ」
「なるほど、イメージ解りました」
「ただね、当時は子どもに
　家庭の格差を感じさせるものでね
　レコードプレーヤーのある家は
　文化的に豊かな家でね
　僕の家には無くて聞けなかった」

「あぁ、情弱ですね
　昔も情報格差があったんですか」
「そう、だから、続きはＷＥＢで
　みたいなのはすごく許せない」
「そうですか、今はね
　情報商材の時代ですからね」

「ソノシートってね
　青や赤で透きとおっていてね
　音の入った溝が綺麗なんだよ
　窓ガラスにセロテープで貼って
　眺めていいると心の中に音楽が流れたなぁ」
「あぁ、そうですか
　そういう渇望が部長の原動力なんですね」
「まぁな、でも
　ソノシートみたいにペラペラなお前に
　わっかったようなこと言われると気持ち悪いな」
「すいません、会社の付録ですから」
「まぁな、付録があるから
　買ってくれる人もいるしな」

 でもない夫婦

好きでもない嫌いでもない
でもない夫婦

一緒にいたいわけでもない
もう別れたいわけでもない
でもない夫婦

なんでもないが積み重なり
話し合って変わるでもない
強く出ても折れるでもない
二人で生きる二人でもない
でもない夫婦
でもないよねと食器を洗う